気仙沼支部案内支部

広報情報化委員による訪問記/気仙沼にあるからこそ、うちは生きている

  • 気仙沼支部 吉田 久義氏
    ((有)かみたいら 代表取締役)
  • あのとき(東日本大震災)を思い起こすと
    2011年3月11日、東日本大震災。気仙沼唐桑の高台にある㈲かみたいらの工場と事務所は地震や津波の大きな被害を免れた。電気も4月中旬には通り、「気仙沼の中ではうちの会社は、相当恵まれた状況にあった」と吉田社長は言う。
    しかし、原料の調達には苦労する。かみたいらの主力商品は三陸産のホタテとカキ、ワカメなどの海藻。ホタテとカキは水揚げが出来ず、海藻の在庫は気仙沼市内にある営業冷蔵庫とともに流失した。在庫がなくなり新しい原料を仕入れるタイミングと震災がぶつかったのも大きかった。また、気仙沼市内の同業者の被害が大きすぎて事業再開もままならないため、運送会社も気仙沼管内の集荷は当面しないという状況だった。
    当面は主力のホタテとカキは取り扱えず、海藻で操業していくしかないと判断。震災から約一年間はワカメとコンブなどを主力にして事業を再開した。
やっぱり原点に戻るのだ
しかしそのワカメも「三陸産の復活には時間がかかる」、吉田社長は三陸産にこだわらなくてもいいのではないかと外国産を仕入れることも検討した。中国産、韓国産のサンプルまで用意した。しかし引き合いもなく、三陸産へのこだわりもあったので思いとどまった。そして、三陸産の原料確保に奔走し、少ないながらもなんとか最低限の原料確保ができた。  震災の年の秋には万石浦でカキが収穫できた。翌年4月には三陸産ホタテが震災後初の水揚げがあった。しかし、いずれも生産量が少なく高値であったため引き合いは多くなく、三陸産の復活にはまだ時間を要すると思われた。  一年間、このような状況下で吉田社長は再確認する。「限られた原料を大切に売る。適正なものを適正な価格で売る。」これは吉田社長が創業時から大切にしている経営姿勢である。震災当時、将来への不安が全くなかったと言えば嘘になる。しかし、最終的に貫いた経営姿勢は、震災の時も変わらなかったのだ。  吉田社長は、もともと漁船員で遠洋に出た経歴を持っている。当時の花形職業だ。200海里問題に伴って船を降りてからは父君のワカメ養殖を手伝った。生産者の経験もあるので、その立場が分かるのも今の経営に影響しているのだろう。 「うちはずっと三陸の海に生かされている。それはこれからも変わらない」と吉田社長は語る。自然に感謝、自然の恵みに感謝、三陸の人たちに感謝。
現実を直視して実践する
ホタテもカキも震災前の水揚げ量に比べホタテが6割、カキが3割程度まで回復した現在、今後の展開について吉田社長に伺ってみた。
三陸産のホタテのほとんどは活貝で出荷される。産地としてのライバルは北海道。北海道は流通量も多いし安い。その北海道産と何で差別化するかと言えば、鮮度。
「でもね、こちらも選ばれるための努力はするけれども、選ぶのはお客様。うちのお客さんは築地や関東・東北方面のお客様が多いがプロに選んでもらえているのはあくまでも結果のひとつ。うちの目線は地元の人や実際にする人に喜んでもらうところにある。」
気仙沼の人口流出も自社の経営に関わる問題である。「お客様と働く人の両方が減るからね。だから、気仙沼で会社を経営している人にとっては自分の会社を守ること=気仙沼を守ること。具体的に何ができるかと言ったら、どんな状況でも黒字経営ができるように努力することだと思う。」(吉田社長)
現実をしっかり見る。背伸びも安売りもせず、現実に合った展開をしていく。「私も社員もここは一致している。だからこれからもうちがやっていくのはそれだけだよ」と、吉田社長は笑顔で最後に締めくくったのだった。(取材:広報担当事務局 伊藤ゆう子)
三陸産のホタテ

支部案内』に戻る支部案内へ

▲ページの先頭へ

宮城県中小企業家同友会

  • 宮城県中小企業家同友会
  • 〒983-0852 仙台市宮城野区榴岡1-6-3 東口鳳月ビル 4F
  • TEL:022-355-2771  FAX:022-257-3220

宮城県中小企業家同友会ブログへのリンク

DOYUNETへのリンク